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『語学の天才まで1億光年』のイメージイラスト(実際の表紙ではありません)

語学は才能じゃない。目的と、手元の材料と、ウケたい気持ちだ。

イラストはイメージです(実際の表紙とは異なります)

英語・語学・話し方

語学の天才まで1億光年(集英社インターナショナル)

高野秀行 ・ Kindle版

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ひとことで言うと辺境ノンフィクション作家・高野秀行さんが、19〜29歳の語学遍歴を描いた青春記です。インドの英語からコンゴ、中国、ワ州まで、言語を目的のための道具として学び、自分の方法を「ブリコラージュ学習法」と名付けます。天才を否定する語学の本。

INTROどんな本か

ということで、25以上の言語を学んで、現地で実際に使ってきた人の本です。

いや、それ天才やろ、と普通は思いますよね。ところが著者の高野秀行さんは、それを全力で否定する。得意な英語でもネイティヴの発音は聞き取れないし、外国人の前で固まることもある、と。

ちなみに俺は、英語もろくに話せないと自分で書いている側の人間です。笑 だからこそ、「天才じゃないです」から始まる語学の本は信用できる。

集英社インターナショナルの本で、電子版は2022年10月31日の発行。同社公式noteの連載(2020年10月〜2022年7月)を大幅に加筆して、タイトルの「言語」を「語学」に改めたものです。言語学・日本語・中国語の記述は、研究者3名がチェックしています。

描かれるのは19歳から29歳まで(1985〜96年)の10年間。インドの英語に始まり、コンゴ、ヨーロッパと南米、タイとビルマ、中国、そしてワ州まで。握手した老シスターがマザー・テレサだったことに、後から気づく。そんな出だしからして、天才の話じゃない(褒め言葉)。

芯はこうです。語学は学問じゃなく技術。1言語に使うのは長くて1年で、目的が済めば学習も終わる。言語は、目的を果たすための「魔法の剣」であり、構造や話者の世界観が見えてくる「探検の対象」でもある。

俺は2021年の「ゼロイチ」の回で、タケコプターの話を書いた。空を飛ぶ道具を作るんじゃなく、空を飛んで何がしたいのかから逆算しろ、と。高野さんの語学は、まさにその順番でできている。怪獣を探したいからフランス語、中国系の商売人と付き合いたいから中国語。言語はいつも手段で、目的が先にある。

語学が続かないのは、根性の問題じゃない。目的のない語学は、だいたい続かない。順番の問題です。

効くのは、語学が続かない人。辺境や異文化の話が好きな人。海外の取引先や現場とのやりとりに悩んでいる人。逆に、文法や単語のメソッドを体系的に求める人には合いません。

失敗も、取り違えも、解雇されたことも、そのまま並べてくれる本です。うまくいかない自分を責めている人ほど、肩の力が抜けると思う。

CHAPTERS章ごとの中身

第一章聞き流しは効かない、旅の英語は協働作業

「聞き流しは効かない、旅の英語は協働作業」のイメージイラスト

父が英語教師で、米軍放送を毎朝流す家だったのに、聞き流しでは何も身につかなかったそうです。効いたのは、NHKラジオ『基礎英語』を毎朝聴いた2年間と、教科書の動詞を出てくる回数で数えて「マイ動詞ベストテン」を作る遊び。テストで間違えたものだけを入れ替えていく。ラクに覚えたい人の工夫としては、かなり優秀。

19歳のインド一人旅では英語が分からず、例のマザー・テレサにも気づかない。それでも会話は1カ月で急に伸びます。旅の英語は定型が多く、話し相手の多くが非ネイティヴだからです。

著者は会話を「協働作業」だと捉えます。言えなかった単語は相手が補ってくれる。それを次の場面から自分で使えば、用は足りる。完璧に話すより、通じる回路を作るほうが先、ということです。

一方で、痛い失敗もそのまま書かれる。訛りのない英語に安心して相部屋に応じ、パスポート、航空券、現金を失う。俺も初めてのアメリカで、スラムをのほほんと歩いて、現地の知り合いに泣くほど怒られた口なので、ここは笑えない。言葉が通じる安心感は、信用の根拠にならない。

トラブルの説明は定型の外にあって難しい。何度も同じ話をするうちに、「粘れば打開できる」「話したいことがあれば話せる」という確信が生まれた、と言います。語学力より、話したい中身があるかどうか。これが後の語学の種になります。

第二章怪獣を探すために、フランス語を学ぶ

「怪獣を探すために、フランス語を学ぶ」のイメージイラスト

コンゴの怪獣モケーレ・ムベンベを探すには、フランス語での許可申請が必要でした。目的に直結したとたん、著者ははじめて主体的に学び始める。フランス人女性に自腹で個人レッスンを頼み、授業を録音して書き起こし、添削中の会話も別に録る「二重録音」です。許可申請書づくりまで授業にして、1年で許可と最低限の会話力を手に入れた。目的が具体的なほど、語学は前のめりになる。

次がリンガラ語。教材も先生もない「未知」の言語が、探検心をくすぐった。キンシャサでは、白人(日本人も含む)が片言でも現地語を話すと大騒ぎになる。地味な学生だった著者は、ここで人生のモテ期を味わったそうです。笑

そこで開眼するのが「語学の二刀流」。情報を伝える共通語と、仲良くなるための現地語の使い分けです。帰国後は14頁の手製テキストを作り、受けを狙うなら、正しさより物真似が大事だと気づく。

俺は、ここが本書でいちばん実務に効く発見だと思う。正式な連絡は共通の言葉で、関係づくりは相手の言葉で。取引先との付き合いでも、まったく同じ構造です。

第二章コンゴの言語は三階建て、外国語はゼロ

「コンゴの言語は三階建て、外国語はゼロ」のイメージイラスト

コンゴ人の言語観は三階建てです。3階がフランス語(役所・学校・文字)、2階がリンガラ語(市場・バス・教会)、1階が250以上ある民族語(家族・村)。上の階の語彙は下に降りてくるけど、下から上には上がらない。

全部が国内の言語なので、外国語はゼロ。「何カ国語を話せますか」という問い自体が、日本の言語観の産物だと気づく場面です。ここで視界がいちばん変わる。

親しくなる言語には副作用もあります。たかりや突然の訪問に加えて、うまく話せる側が優位に立つ「言語内序列」が生まれる。便利な道具の話で終わらせないのが誠実です。

遠征の本隊では、日本人、役人、村人の間をつなぐ3言語のハブになった。頼られる快感の裏で、全方面から責められる雑用係になる。疲れると言葉が混ざり、能力は落ち、落ち込みも言語の数だけ増える。チームの通訳役がしんどい理由が、ここに全部書いてあります。

食料が半分しか届かない飢えの中で、「自分は誰でもいい」という無力感に襲われた著者は、他の誰でもない自分をつくるためにボミタバ語を学ぶ。これが精神安定剤になる一方、以後は落ち込むたびに新しい言語を始める癖がついた。コンゴ中を旅して分かったのは、民族を直接尋ねるのは失礼に近いが、「何語を話しますか」なら喜んで答えてもらえること。ムベンベの目撃談は南ボミタバ語圏にだけ集中していて、生物ではなく民族語の世界の存在だ、というのが著者の結論です。

第三章未習のイタリア語を訳し、ブラジルで惨敗する

「未習のイタリア語を訳し、ブラジルで惨敗する」のイメージイラスト

学んだ言語がロマンス諸語とバントゥ諸語に偏っていることから、語族(約30〜40)の話が挟まります。

翻訳会社の試験は、手段を問わず成果だけを見るプロの世界でした。習ったことのないイタリア語の医学論文を、辞書の文法欄と英和医学辞典で訳しきる。ヨーロッパの学術用語はラテン語・ギリシア語由来で共通だから、という攻め方です。ところがその後、実力不足で解雇される。成功談で終わらせないのが、この人らしい。

スペイン語は「平安京言語」と呼ばれます。道が入り組む東京やパリに対して、碁盤の目のように例外が少ない設計だ、と。ただし規則性の理由は不明で、ピジンの少なさも著者の推測だと断っています。コロンビアでは、スペイン語に言語内序列がないことを体感し、魔術的リアリズムは現地の現実だと実感する。

ブラジルでは惨敗します。机の上の規則的な発音で学んだ著者は、生活の中で耳から吸収する「語学の天才」の後輩との差を思い知る。最初の手本が本物かどうかで、ここまで差がつく。

最後は、現地を知っているからこそ、アフリカ文学の小説を訳して卒論を書き上げる。コンゴで苦労したフランス語が、ここで強みに転じます。寄り道は、あとで回収される。

第四章近くない・安くない・融通がきかない学校

「近くない・安くない・融通がきかない学校」のイメージイラスト

タイ語は、日本人講師とネイティブが交互に教える語学学校で学びました。ここで著者の持論が出ます。学校は「近くない・安くない・融通がきかない」がいい。遠い通学が復習の時間になり、前払いの痛みが本気を生み、固定時間がリズムを作る。

もう一つが、最初の1〜3カ月の「ロケットスタート」。時間を固定して、他を削る。気合いじゃなく仕組みで本気にさせる発想で、これは語学以外の何にでも効きます。

チェンマイ大学では日本語を教えながら、貸本屋で借りた日本のマンガでタイ語の生きた口語を学ぶ。日本文学の授業では、タイ語訳のない『東京ラブストーリー』を教材にして議論を生んだ。教科書より、学生が話したくなる教材。ここでも「話したいことがあれば話せる」が効いている。

本来の目的は、ゴールデン・トライアングルの全貌を知ること。シャン人の「社長」との出会いからシャン語を習うつもりが、文字教育を禁じられた世代の事情で、ビルマ語を学ぶことになります。文法は、似た例文を比べて暫定ルールを作り、また作り直して探った。教科書のない言語の学び方として、めちゃくちゃ具体的です。

第五章中国語のノリと、挨拶語のない村

「中国語のノリと、挨拶語のない村」のイメージイラスト

東南アジアの商売を握る中国系と付き合うために、中国語を選ぶ。ここで気づくのが言語の「ノリ」です。発音、態度、話題まで含めた癖を丸ごと真似ると、通じる。中国人は天気じゃなく衣食住の話をする、という話題選びまでノリの一部、というのが面白い。

大連の鉄道学院では、莫先生と中国語だけの暮らし。日本語の音読みと中国音の対応を自分で探すなど、自力の発見が記憶に残ることを実感します。

その後は、目標を失って東京、チェンマイ、中国を回る迷走期。短期目標を一つずつ攻略する「RPG方式」は、人生には効かないと気づく。目標がなくなると学習が止まる、という自己分析は正直で、ちょっと身につまされる。

ワ州は、どの国家の支配も受けない政治的秘境で、中国語が公用語です。宣教師が文字化した「標準ワ語」で習ったのに、村言葉とのずれが大きい。「母が死んだ」と聞いて駆けつけたら、死んだのは牛だった、という取り違えまで起きる。

村に学校が開かれると、正書法が子供たちを格下げしていく。「文字が標準語を支え、他の言葉を迫害する」構造に、自分も加担していると痛感する場面は重い。村言葉には「こんにちは」も「ありがとう」もなく、挨拶の本質は見知らぬ他人に対する「セキュリティ」だ、と結論します。著者はアヘンの村で5カ月暮らし、自身も中毒になって村を去る。ここは軽く読み流さないほうがいい。

エピローグブリコラージュ学習法と機械翻訳

「ブリコラージュ学習法と機械翻訳」のイメージイラスト

その後の著者は、記憶力の低下と、IT(スマホでの録音、機械翻訳、オンライン授業)で学び方が変わります。自分の方法を、手元の材料で間に合わせる「ブリコラージュ学習法」と命名。学校の語学は大阪城、自分の語学は辺境の仮小屋。このたとえ、好きです。

方法は4つ。誰でもいいからネイティヴに習う。使う表現から覚える。現地でウケる。目的を果たしたら終える。体系的な勉強法というより、気持ちを軽くする指針です。

機械翻訳が情報を伝える言語を担うようになっても、親しくなるための言語は残る。第二章の「語学の二刀流」が、ここで現在につながります。

25以上の言語を学んだ感想は、最初の「なぜこんなに違うのか」が、「みな似ている」に変わったこと。どの言語も何でも表現できるし、美しくない言語もない。結論は、実感としての「人間はみな同じ」。巻末には参考文献、2022年7月付の「おわりに」、初出、著者紹介があります。著者は1966年東京生まれで、『幻獣ムベンベを追え』でデビューした人です。

LESSONS明日から使える教訓

  1. 最初の1〜3カ月に、時間を集中させる新しいスキルや事業は、立ち上がりが勝負。時間を固定して他を削り、前払いのような痛みのある形にすると本気になる。事業づくり的にいうと、ロケットスタートに資源を寄せろってことです。
  2. 目的に直結する表現から覚えろ頻出度で優先順位をつけ、習得済みを外して苦手だけを回すリストは、業務知識にも使える。打ち合わせを録音して書き起こすのも、専門用語の習得に効きます。俺的には、この「苦手だけ回す」がいちばん実用的だと思う。
  3. 正式な連絡は共通語、関係づくりは相手の言葉で相手の業界用語や言い回しを少し使うだけで、距離は縮まる。ヒアリングでは、相手に慣れた人に同席してもらい、やさしい言葉に言い直してもらう。通訳より先に要るのは、歩み寄る姿勢です。

CONCLUSION俺の結論

結論。語学が続かないなら、才能を疑う前に、目的を疑え。

話したい相手と、話したい中身を先に決める。教材はそのあとでいい。最初の1〜3カ月だけは、時間を固定して他を削る。うまく言えなくても、相手が補ってくれた言い方を次から使えば、用は足りる。会話は、一人でやるもんじゃない。

機械翻訳がどれだけ賢くなっても、相手の言葉で一言しゃべったときの、あの距離の縮まり方は残る。そこを取りに行く語学なら、天才じゃなくても全然いける。

FOR YOUこんな人におすすめ

合わないかもしれない人:文法や単語の学習メソッドを、体系的に知りたい人。中身は体験記です。

FAQよくある質問

『語学の天才まで1億光年』は何が書いてある本ですか?

ノンフィクション作家の高野秀行さんが、19歳から29歳までの語学遍歴を描いた体験記です。インド、コンゴ、中国、ワ州などでの、言語との格闘が語られます。

「ブリコラージュ学習法」とは何ですか?

著者が自分の方法につけた名前で、手元の材料で間に合わせる学び方です。誰でもいいからネイティヴに習う、使う表現から覚える、現地でウケる、目的を果たしたら終える、の4つが挙げられています。

著者は本当に語学の天才ではないのですか?

25以上の言語を学んでいますが、本人は天才を否定しています。得意な英語でもネイティヴの発音は聞き取れず、外国人の前で固まることもあると書いています。語学は学問ではなく技術だ、という立場です。

「語学の二刀流」とは何ですか?

情報を伝える共通語と、仲良くなるための現地語を使い分けることです。コンゴのキンシャサで、片言でも現地語を話すと大騒ぎになった経験から気づいたとされています。

語学の学習で、最初に何をすればいいと書かれていますか?

最初の1〜3カ月に時間と労力を集中させる「ロケットスタート」が大事だとされています。近くない・安くない・融通がきかない学校で、前払いと固定時間によって本気になる仕組みを作る、という持論です。

コンゴの「三階建ての言語」とは何ですか?

3階がフランス語(役所・学校・文字)、2階がリンガラ語(市場・バス・教会)、1階が250以上の民族語(家族・村)という言語観です。すべて国内の言語なので、外国語はゼロと数えられます。

ワ州の話では何が書かれていますか?

標準ワ語で習ったのに村言葉とのずれが大きく、取り違えが起きた体験が書かれています。挨拶語のない村で5カ月暮らし、挨拶の本質は見知らぬ他人に対する「セキュリティ」だと結論しています。

この本は語学の勉強法の本ですか?

体験記です。具体的なコツは随所に出てきますが、文法や単語の体系的なメソッド本ではありません。勉強法の発想を得る読み物として向いています。

機械翻訳が進んでも語学を学ぶ意味はありますか?

本書はエピローグで、機械翻訳が情報を伝える言語を担っても、親しくなるための言語は残ると述べています。関係づくりは相手の言葉で、という考え方です。

この本は連載がもとですか?

はい。集英社インターナショナル公式noteの連載(2020年10月〜2022年7月)を大幅に加筆したもので、電子版は2022年10月31日の発行です。

MONOGENIC伊丹谷のブログから

ご注意:著者の体験記で、言語学の教科書ではありません。地名や言語の説明は、本書の記述の紹介です。コンゴ篇の一部など、本文の細部は確認できていない箇所があり、言語名の表記も一部確かめきれていません。

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本文は書き写さず、自分の言葉で紹介しています。内容に誤りがあれば、本でご確認ください。 当ページのリンクはAmazonアソシエイト(広告)です。詳しくは広告について。

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