INTROどんな本か
「読書は金のかかる趣味だ」。みなさん、一度くらいはそう思ったことがあるんじゃないですかね。
1946年に、これを本気で検算した人がいます。『動物農場』『1984年』のジョージ・オーウェル。やり方は、自宅の本棚を全部数える。いや、方法。笑
1946年2月にトリビューン紙に出た短いエッセイで、訳は蜷川豊さん。ラルボー書房の「5分文庫」の第1弾で、数字が多いので横書きになっています。名前のとおり、5分で読み切れる。
きっかけは工場労働者の一言です。新聞の書評欄は高い本の話ばかりで自分たちには縁がない、と切り捨てる同じ人たちが、日帰り旅行には数ポンドを平気で使う。ほんまに高いんか、と。
結果は、読書の総支出が年およそ25ポンド。煙草に直すと週83本ほどで、著者自身の煙草代(年約40ポンド)よりずっと安い。感覚で言い合っていた話が、数えた瞬間に確かめられる話に変わる。
でも、この本の芯は数字の勝ち負けじゃない。結びでオーウェルは、本が読まれないのは値段のせいじゃなく、ドッグレースや映画やパブ通いほど刺激的じゃないからだ、と認めてしまう。自分の好きなものの負けを、競合の側から説明する。これは誠実です。
俺は2020年の「エンターテインメントの真髄」で、余計な情報を与えずに人を思考停止に追い込むところにエンタメの真髄がある、と書いた。俺の見立てでは、読書はその逆側にいる娯楽です。考えさせる分、刺激では負ける。オーウェルの結論は、構造としてはそういうことだと思う。
ちなみにこの5分文庫、Kindle Unlimitedなら無料、買っても1冊100円。Kindle Unlimitedを「異論は認めない」と勧めてきた俺としては、ここは強めに言っておきたい。値段の言い訳は、ほんまに残っていません。
効くのは、本代が気になって読書を控えている人。それから、「高い」と言われたときの返し方に困っている人。総額・年額・時間単価に分けて考える癖が、5分でつく。
読まない理由は、値段じゃない。じゃあ何と戦っているのか。そこから考えさせる本です。
CHAPTERS章ごとの中身
発端「本は高い」と言う人が旅行には払う
出発点は、知人の記者が工場労働者たちと空襲警戒の当番に就いたときの会話です。労働者たちは新聞の書評欄を、高い本の話ばかりで自分たちには縁がない、と切り捨てた。ところが同じ人たちが、ブラックプールへの日帰り旅行には数ポンドを平気で使う。
1946年の話なのに、構図は今とほとんど変わらない。本は高いと言う人が、別のことには普通にお金を使っている。オーウェルは、そこで説教を始めません。
この落差から、「読書は金のかかる趣味だ」という思い込みを数字で確かめてみよう、という話になる。反論から入らないのがいい。意見を戦わせる前に、まず帳簿を開く。この順番が、短い文章の骨格になっています。
題名の「vs」も、喧嘩の意味じゃありません。本と煙草を同じ物差しに乗せて、年間いくら、1時間いくら、と並べていくための対決です。
「高い」という言葉は、だいたい比べる相手を決めないまま使われている。何と比べて高いのか。このエッセイは、その一点を最後まで手放さない。
棚卸し数える本と数えない本を先に決める
数えるのは自宅の蔵書。ただし雑誌・パンフレットや古い教科書などは外して、自分で手に入れて手元に残したい本だけにする。そう絞ると442冊でした。
内訳は、購入251冊(大半が古本)、もらい物・クーポン33冊、書評用・献本143冊、借りて返していない10冊、借りていて返すつもりの5冊。返していない10冊を堂々と数えに入れるあたり、正直すぎて好きです。
計上のルールも決めてある。自分で買った本は定価。もらった本や借りた本も定価で入れる。理由は、貸し借りは長い目で見れば相殺されるから。書評用・献本だけは半額にする。
このルール、地味に大事なところです。もらった本も借りた本も定価で入れると、総額は大きくなる方に寄る。つまり結果として、本が高く見える側に寄せて数えていることになる。それでも結論が安い側に出るなら、その結論は強い。
何を入れて何を外すか、どの値段で数えるか。ここを数える前に決めているから、結論に信用が出る。棚卸しは、実はルール決めがほとんど全部なんですよね。
集計蔵書900冊から年25ポンドを出す
この家の分は約82ポンド17シリング6ペンス。別宅の分も合わせると約900冊・約165ポンドで、ざっと15年分の蓄積とみなして、年11ポンド強と置きます。
15年という割り方も、ざっと、と断ったうえでの置き方です。精密なふりをしない。粗い数字は粗いまま出して、その代わりに前提を全部見せる。
ただ、蔵書の分だけでは読書の費用にならない。そこで新聞・定期刊行物に年8ポンド、図書館の会費や廉価本など見えにくい出費に年6ポンドを足す。結果、読書の総支出は年およそ25ポンドになる。
本を買う金額だけを見て「ほら安い」と言い張らない。自分の結論に不利になりそうな出費まで、先に足してから比べる。この手間が、結論の信用を支えています。
前提が見えているから、読む側も検算できる。購入の大半が古本であること、献本は半額で数えたこと、返していない本も定価で入れたこと。どこを変えたら数字がどう動くかが、ちゃんと追える。
比較年25ポンドは煙草にして週83本
年25ポンドは、煙草(プレイヤーズ)にして週に83本ほど。著者自身の煙草代は年約40ポンドで、本代を大きく上回ります。戦前でも年10ポンド超で、ビールを毎日1杯足せば、嗜好品2つで年20ポンド近くになる、とも。
社会全体の数字も出てきます。1938年の英国では、酒と煙草に1人年約10ポンド、1944年には約23ポンド。子どもと女性を除いた、実際の喫煙者・飲酒者で見れば年40ポンド程度。それでも本代は、酒と煙草の合計を超えない。
単位の選び方もうまい。年25ポンドと言われてもピンとこないけど、週に何本と言われたら、煙草を吸う人は手元の箱で数えられる。数字は、相手が日常で使っている物差しに直した瞬間に効き始める。
比べる相手に、自分の煙草代を持ってくるのも効いている。読む側も、自分の嗜好品にすぐ置き換えられる。「高い」と言われたら、身近な支出と並べて返す。提案書で値段を見せるときの型そのものです。
時間単価読書はラジオの次に安い娯楽
年額の次は、1時間あたりに直します。軽い本を買って読むと1時間2シリングほどで、映画館の良い席と同じくらい。古本なら1時間6ペンス程度、貸本屋なら0.5ペンス、公共図書館ならほぼ無料。
ここから、読書はラジオの次に安い娯楽だ、と言う。総額、年額、時間単価。同じ支出を、見せ方を変えて3回出している。数字は同じでも、物差しを変えると印象がまるで変わるのがよく分かる。
もうひとつ見えてくるのは、同じ読書でも、手に入れ方で1時間あたりの値段が桁違いに変わること。新刊、古本、貸本屋、図書館。「読書は高い」と言うとき、人はだいたい一番高い買い方だけを思い浮かべている。
国全体の推計も添えられています。戦前の英国では年1万5千点ほどの本が出ていたのに、かなり多めに見積もっても、普通の人が買う本は年3冊、1ポンド以下にしかならない。識字率がほぼ100%の国として誇れる数字じゃない、煙草代のほうがインドの農民の生活費より多い、と皮肉も効かせている。
俺は2020年に、Kindle Unlimitedを「月額999円でとにかくおすすめです」と書いた。オーウェル式に時間単価で見るなら、定額の読み放題はかなり公共図書館の側に寄った読み方だと思う。
結論本が読まれないのは値段のせいじゃない
結びは短くて、潔い。本が読まれないのは、値段が高いからではない。多くの人にとって読書が、ドッグレースや映画、パブ通いほど刺激的ではないからだ、と認めて終わる。
ここが、このエッセイを古びさせないところです。自分が好きな本の味方をして、「安いんだから読め」と押し切らない。負けている理由を、競合の側から説明している。
しかも、そこで「だから値下げを」「だから図書館を」みたいな処方箋を出さない。原因を認めたところで、さっと筆を置く。ここまで数字で積み上げてきて、最後の一行だけは数字の外の話をする。この終わり方が、いちばん効いている。
俺が2020年のコロナ禍の記事で書いたのも、同じ順番の話でした。売上が落ちたからといってすぐ別の手段に置き換える前に、なぜそれが売れていたのかを因数分解しろ、と。値下げや置き換えの前に、何と時間を取り合っているのかを見る。オーウェルは1946年に、それを自分の好きなもので先にやっている。
読書の競合は、他の本じゃない。刺激の強い娯楽ぜんぶだ。
訳注当時のポンドを2024年の円に置き換える
訳注は、当時の通貨の仕組みから説明してくれます。1ポンドは20シリング、1シリングは12ペンス。この制度は1971年に廃止されました。正直、ここを押さえておかないと本文の数字はかなり読みにくい。
そのうえで、1946年の1ポンドを2024年の約6,000円と仮に置く。12シリング6ペンスの本は約3,750円、年25ポンドは約15万円、煙草は年約24万円。本文の表と段落を、円に換算して載せています。
原文の煙草の銘柄が「ウッドバイン」であること、ビールが半パイントのマイルドエールであることにも触れている。あくまで仮置きの換算なので、今の価値とは違う点は頭に置いておきたい。
年15万円の読書と、年24万円の煙草。円に直した途端に、急に自分の家計の話に見えてくるのが面白いところです。
訳注があることで、オーウェルの検算を、今の日本の読者がもう一回検算できる。訳者まで同じ姿勢で数字を扱っているのが、このシリーズの信用になっていると思う。
訳者あとがき史上もっとも本を読みにくい時代
訳者あとがきは、現代はSNS・ゲーム・動画が可処分時間を奪い合い、スマホの通知にも邪魔されるので、史上もっとも本を読みにくい時代だと指摘します。短い良質な文章をスマホで読み切れるようにしよう、というのが「5分文庫」の狙いで、その第1弾にこの作品を選んだ、と。
1946年の時点でも、問題は価格じゃなく、刺激の強さで負けていることだった。今はもっと刺激の強い娯楽があるので、この指摘は今も通用する、という見方です。
オーウェルのユーモラスな一面にも触れています。『動物農場』『1984年』とは違って、本・煙草・酒を全部やれば出費がかさむという当然の疑問には触れず、返していない本を相殺で正当化する。そこ、ちゃんと突っ込まれてます。笑
巻末には、5分文庫のNo.1〜36の既刊案内。Kindle Unlimitedなら無料、購入なら1冊100円で、オーウェルの古本屋の思い出や英国料理の擁護のほか、チェスタトン、サキ、O・ヘンリー、チェーホフなどの短篇・エッセイが並ぶ。刺激で負けるなら、せめて短さで入口を作る。シリーズの設計として、かなり筋がいい。
俺も2020年に、1ページ1分以内で読む、全部理解しなくていい、という読み方を書いた。読書の側が刺激で勝てないなら、入口の段差を下げるしかない。5分文庫は、それを本の形でやっている。
LESSONS明日から使える教訓
- 「高い」には、総額・年額・時間単価で答えろ反対意見には、身近な支出と並べて数字で示すと説得力が出る。価格表や提案書の見せ方に、そのまま使える。クリエイティブ的にいうと、「高い」と言われたら感想じゃなく単価で返せ、ってことです。
- 使われない理由を、値段のせいにするな競合しているのは、刺激や手軽さといった時間の使い道かもしれない。値下げの前に、何と時間を取り合っているのかを因数分解する。俺は、この本でいちばん持ち帰るべきなのはここだと思う。
- 粗い推計でも、前提は全部書け前提を書いておけば議論の土台になるし、結論の向きが変わらないかも確かめられる。数字の精度より、前提が見えていることの方がずっと大事なんですよ。
CONCLUSION俺の結論
結論。「高いから」と言いたくなったら、まず数えろ。総額じゃなく、年いくら、1時間いくらに直して、自分の嗜好品と並べてみる。
それでもやらないなら、理由は値段じゃない。何に時間と刺激を取られているのか。そっちを見る。値段の話で止まっているうちは、本当の競合が見えていない。
読書をすすめたい側も同じです。安さで押すな。刺激で負けていると認めたうえで、短く、手軽に、入口を作る。5分で読めるこの一冊が、そのいちばん分かりやすい見本です。
NEWS関連ニュース
この本のテーマについて、最近話題になったニュースです。
文化庁、令和5年度「国語に関する世論調査」の結果を公表
文化庁の調査で、1か月に本を1冊も読まない人は62.6%でした。調査は2024年3月に全国16歳以上の6,000人を対象に行われ、有効回収数は3,559人です。文化庁の公表日は2024年9月17日で、読書離れが進んでいるとの見方が広がりました。
この本とのつながり:オーウェルは、本が読まれない理由は値段ではなく、ほかの娯楽ほど刺激的ではないからだと結論づけました。本を読まない人が多数派になった今も、同じ問いが続いています。
FOR YOUこんな人におすすめ
- 本代が気になって、読書をちょっと控えている人
- 「高い」と言われたときの、数字での返し方を見てみたい人
- 5分で読み切れる一冊から、読書の習慣を作り直したい人
合わないかもしれない人:オーウェルの小説みたいな、長い物語を期待している人。これは短いエッセイ1本です。
FAQよくある質問
『本 vs 煙草』は何が書いてある本ですか?
オーウェルが1946年に書いた短いエッセイです。自分の蔵書を棚卸しして読書の費用を算出し、煙草代と比べたうえで、本が読まれない理由は値段ではないと結論づけます。
読書の費用はいくらと計算されていますか?
蔵書は約900冊・約165ポンドで、15年分の蓄積と見て年11ポンド強です。新聞や図書館の会費などを足すと、読書の総支出は年およそ25ポンドとされています。
オーウェルが数えた本は何冊ですか?
自分で手に入れて手元に残したい本442冊です。購入251冊、もらい物・クーポン33冊、書評用・献本143冊などの内訳で、書評用・献本は半額で計上されています。
煙草代と比べるとどうなりますか?
年25ポンドは、煙草にして週83本ほどです。著者自身の煙草代は年約40ポンドで、本代を大きく上回ります。
読書は1時間あたりいくらかかるのですか?
軽い本を買って読むと1時間2シリングほどで、映画館の良い席と同じ程度です。古本なら1時間6ペンス、公共図書館ならほぼ無料で、読書はラジオの次に安い娯楽だと述べられています。
結論は何ですか?
本が読まれないのは、値段が高いからではなく、ドッグレースや映画、パブ通いほど刺激的ではないからだ、というものです。
訳者と、シリーズ名は?
訳は蜷川豊さんで、ラルボー書房の「5分文庫」第1弾です。電子版は2024年9月に出ています。
読むのにどれくらい時間がかかりますか?
シリーズ名のとおり、5分ほどで読み切れる短いエッセイです。訳注と訳者あとがきが付きますが、全体として短時間で読めます。
1946年の金額は、今のいくらに当たりますか?
訳注では、1946年の1ポンドを2024年の約6,000円と仮に置いています。この換算だと年25ポンドは約15万円、煙草代は年約24万円です。あくまで仮置きの換算です。
この本はどんな人に向いていますか?
本代が気になる人、数字で反論する書き方を見たい人、短い一冊から読書習慣を始めたい人に向いています。長い物語を期待する人には合いません。
MONOGENIC伊丹谷のブログから
- Kindle Unlimited 一択についてKindle Unlimitedを「異論は認めない」と勧めた回。この5分文庫も読み放題で読める
- エンターテインメントの真髄エンタメは人を思考停止に追い込む技術、と書いた回。読書が刺激で負ける理由の裏返し
- コロナ禍で商品はどのように販売していくべきか置き換える前に、なぜ売れていたのかを因数分解しろ、という話。値段のせいにしない結論とつながる
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