INTROどんな本か
さてさて、数時間で3.6億円が出ていって、その日の深夜にサービス停止。
そんなアプリの話を聞いたら、普通は失敗談だと思いますよね。でもこの本の著者は、それも実験の結果だと言う。いや、肝が据わりすぎやろ。笑
著者は光本勇介さん。株式会社バンクの代表で、STORES.jpとCASHを作った起業家です。幻冬舎のNewsPicks Book、2019年4月発行。帯には「CASHを70億円で売却」。
CASHは2017年、品物をスマホで撮ると査定額が即入金される仕組みだった。SNSで火がついて、数時間で3.6億円が出ていった。きっかけは「1億円をばら撒いたらどうなるか」という好奇心。で、その1億円を、1万円×1万人分のサンプルだと言う。自分だけが持つ情報が、次の「プランB」になる、と。
名声やお金より、結果の観察がしたい。すべてのビジネスは、仮説を社会に放り込んで反応を見る実験だ。これがこの本の根っこです。
俺は2021年の連載「ゼロイチ」の回で、ゼロイチは失敗を恐れないことに尽きる、ただし失敗がトライ&エラーになるように失敗しろ、と書いた。この本は、それを桁違いの金額でやった記録だと思う。
2026年の連載でも書いたけど、失敗は、だいたい隠される。しかも、失敗すれば意味が生まれるわけでもない。違いを生むのは、失敗したあとに何を選んだかだ。光本さんは、10年早かったカーシェアからも、止まったCASHからも、ちゃんと次の選択を引き出している。
本そのものも実験で、「価格自由」。電子版は0円、本代は読後に読者がQRコードのサイトで決める。集まった額の半分は、挑戦者に100万円ずつ配る、とされています。徹底してる。
ただし、売上や買収額、利用者数といった数字や出来事は、著者の自己申告です。そこは頭に置いて読むのがいい。
起業しない人にも効くのは、才能や運の話じゃない。小さく試して、反応で答え合わせする、という地味で再現しやすい手順のほうです。失敗を損失で終わらせない本。俺はそう読んでいます。
CHAPTERS章ごとの中身
はじめに事業はすべて実験、本の値段も読者が決める

冒頭の主張は短くて強い。すべてのビジネスは実験で、仮説を社会に放り込んで、どんな反応が起きるかを見たい。動機は名声やお金より、結果の観察だ、と。
象徴がCASH(2017年)です。品物をスマホで撮ると査定額がすぐ入金される仕組みで、中身は買取と同じ。それがSNSで火がつき、数時間で3.6億円が出ていって、当日深夜に停止した。出発点の動機は「1億円をばら撒いたらどうなるか」という好奇心だった、と書かれています。
ここで著者は、損をしたとは言わない。1億円は1万円×1万人分のサンプルで、自分だけが持つ情報になる。それが次の「プランB」になる、という整理です。目標は誰もが知るマスのサービス。「狂ってる」は褒め言葉で、変化の時代は実験する人の好機だ、とも言います。
本書自体も実験です。「価格自由」といって、払うのは印刷原価の390円だけ(電子版は0円)。本代は読後に、QRコードのサイトで読者が自分で決める。総額はリアルタイムで公開し、集まったお金の半分は挑戦者に100万円ずつ配る。損をしても結果が財産だと考えて、編集者の箕輪厚介さんの誘いに乗ったそうです。
失敗を「サンプル代」と呼べるかどうか。そこで、同じ出来事が損失にも資産にもなる。この本の全部が、その一点の上に立っています。
第1章Tシャツ転売から外資の広告代理店まで

第1章は著者の半生です。10〜18歳を海外で過ごし、父の仕事でデンマークへ、14歳で一人英国の寮制学校へ。前提を疑う癖の土台になった、と振り返ります。
商売の原点は高校生のとき。原宿の裏原のTシャツを並んで買い、掲示板で買い手を募って、1枚2万円上乗せで売り、月150万円ほどになった。大学では在宅翻訳者を約100人リスト化して、大企業の案件を分割して外注する。500万円を受注して300万円を発注する形で、留学斡旋では約20%を上乗せしました。
就職は、上場企業の社長の助言で決めたそうです。媒体枠を売る日本の代理店ではなく、時間を売る外資のオグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンへ。新卒募集がなく、約7回断られても、社長名から推測した20通りのアドレスにメールを送って面接を得た。最後は、年間数十億円のアウディをほぼ一人で担当します。
俺はこの20通りのメールが、実験思考のいちばん小さい形だと思う。断られたら、やめるんじゃない。経路を変えて、意思決定者に直接届ける。
第1章10年早かったカーシェアとSTORES.jp

リーマン・ショックで車が売れない中、自家用車が約6000万台あって、稼働率は約3%という数字に目をつける。約5000人を調べると2割が貸してもよいと答えたので、個人間カーシェアの「ブラケット」を創業した。結果は、10年早かった。教訓は市場選択とタイミングで、今は「半歩先」を狙うのだと言います。
その後、自己資本で5事業を並行して低空飛行になり、貯金は2万円まで減った。それでもやらない後悔を嫌い、失敗から得るものは成功の100倍、という考えを崩さない。
そこから生まれたのがSTORES.jp(2012年)。知人からのネットショップ制作の依頼に応えるために、ブログ感覚で店を開けるようにしたものです。当初の利益目標は月20万円、社員5人。Twitterで一気に拡散して、初めての成功体験になった。技術でなく見せ方で変えた、という説明です。半年後にテッククランチが取材に来て、他の事業は閉鎖・売却して集中しました。
ZOZOの前澤友作さんとは別の事業で縁があり、競合が大型調達をしたときに出資を相談すると、「100%買わせて」と即答されて週末で決着。約3年で指標は10倍になったそうです。積み上げ型の事業は塚原文奈さんに託し、著者はマスのサービスを生むために退任します。
10年早い、は、だいたい失敗の一言で片づけられる。でもこの人は、そこから「半歩先」という物差しを持ち帰っている。転び方が、次の走り方を決めてるんですよね。
第1章CASHの性善説設計と70億円の売却

次のテーマに選んだのは「お金」。半年かけて市場を調べ、消費者金融の利用者は成人の7人に1人、残る6人の少額ニーズを狙った。原点はSTORES.jpの「スピードキャッシュ」です。入金を翌日に早めて手数料3.5%を取るのに、猛烈に使われた。
メルカリの平均単価が3000〜4000円で約8000万ダウンロードという規模を見て、出品から入金までの手間を省けば需要があると判断する。CASHは、先に払い、品物は後で受け取る(2か月以内。送れなければ手数料付きで返金)設計です。公開から約16時間で3.6億円が出て、深夜1時に停止。3割に持ち逃げされても成り立つ設計で、翌朝トラック3台分の荷物が届き、「人は意外と信用できる」と確信した、とあります。買取は相場の3分の1が目標だそうです。
ここから性善説の話になる。既存の事業は不正を前提にするから、チェックにコストがかかる。改札機は1台650万〜1500万円。悪い人が100人に5人なら、疑わないほうが得かもしれない、という計算です。会議室に「ヒデヨ」「ユキチ」と名付けて紙幣を貼る実験もしたそうです。
2017年10月4日にDMMの亀山敬司会長から打診があり、断られる前提で出した70億円で合意。10月31日にDMMの完全子会社になった。運転資金20億円を借りて後払い旅行の「TRAVEL Now」を公開し、2018年11月7日にMBOで独立します。大資本が参入してくる備えもあった、と説明されます。
疑うコストと、疑わないコストを並べて比べる。性善説を気持ちの話じゃなく、計算の話にしているところが、この人のいちばんの強さだと思う。
第2章社長は暇でいい、考える時間を最大化する

第2章のタイトルは「狂ったビジネスはこうして作る」。最初の原則は、社長は考える時間を最大化し、実務は振る、です。アイデアが出るのはシャワーか運動中。午前は有酸素運動で頭を空にして、午後に会議を入れる。同業とは群れず、異業種の人と飲んで、普通の生活感覚と流行への接触を保つ。
最先端の話題は深追いしない。音楽ランキングやヤフーニュースで、大衆の関心に触れる。思いつきはスマホで自分宛てに送り、紙の帳面で「1軍」から「3軍」に格付けする。ノルマは置かない。
日常の不便も拾います。骨折した夜に病院を3軒回った体験から、休日・深夜専門の病院を発想し、「他人が休む時間に動く」型の横展開を考えた。レントゲンを若手医師が複数で判定し、1件500円ほどを得る診断アプリの構想もあります。
全部自分でやると視野が狭まると気づいて、組織運営はCOOに任せ、構想に専念した、という話も出てくる。前澤さんは週3日出社でも誰より考えている、という例が添えられます。
暇、というのはサボりの言い訳じゃない。考える時間を、予定表の中でいちばん先に確保しろ、という仕事の定義だと俺は読む。
第2章ズレが限界の業界を選び、見せ方で売る

「インターネットの人」にならない、という注意が印象的です。ネット業界人の見る世界はごく一部で、CASHの1〜2万円の需要を疑う声は、都会の高所得者の感覚だと言う。低所得世帯には、子どもの遊園地代すら出せない現実がある。需要の見積もりは、自分の生活圏の外で測れ、ということです。
相談はせず、好評も酷評も当てにしない。CASHも、モックを作る2人ほどで始めた。快感は儲けより、仮説の「答え合わせ」にある。これが実験思考だ、と言います。
市場選びは、年ごとのテーマで決める。2017年はお金でCASH、2018年は旅行でTRAVEL Now、2019年は不動産。大手が古いモデルを続けて、消費者とのズレが限界に近い業界を選び、市場が小さい所はやらない。TRAVEL Nowは、楽天トラベルとじゃらんで年1.5兆円規模の手数料ビジネスに対して、今お金がない人に旅行を売り、2か月後払いにする。20%上乗せでも、比較されず価格競争に入らない、という読みです。
見せ方も具体的。cash.jpを約400万円で取得して説明コストを下げ、CASHは「買取」と言わず、瞬時に現金化する体験として打ち出した。実は写真を精査せず、申告を信じて送金して、上限を2万円にして損失を抑えていた、という種明かしもあります。
デザイナーの河原香奈子さんに任せ、アイデアはすぐモックにして、触って気持ちよくなければやめる。黄色とかわいいロゴで、金融の硬さを消した。入力は、地方の女子高生や主婦が使えるかを基準に削り、TRAVEL Nowはパスポート番号も漢字氏名も不要にしています。
中身は同じ仕組みでも、名前と色と入力の数で、まったく別の商品になる。ここはデザインの仕事をしてきた人間ほど、膝を打つところだと思います。
第3章・おわりにこれからやりたい実験と未来予想

第3章は、これからの世の中の予想と、やりたい実験の構想です。時間(タイムバンク)や個人(VALU)に値が付いて、モノで払う時代へ。写真から同じ価値の物を示す「価値のグーグル翻訳」を作りたい。がん検査を唾液キットで、月1回・無料に。受注生産・前払いのオーダーメイドは在庫リスクがない、と挙げます。
飲食・小売の金融事業化は、売上170億円・利益3億円のチェーンを例に、給料即日払いの手数料、従業員融資、FC店への材料の現物提供、客のツケ払い(2割増)で利益を上乗せする試算。給料先払いサービス「WORK」は、日雇い仕事を選んだ瞬間に日給を振り込む性善説型で、2018年に予定されていたものの、中止になりました。
未来予想の軸は、思考停止と所有です。レンタルから配信へ、レシピの文章から動画へ移ったように、人は考えずに済む方へ流れる。AIで衣食住は無料に近づき、暇が増えてエンタメが強くなる。運動目的は薬で代替されてジムは消える、と予想して、一つの発明で市場が消えうると警告します。車の名義を自社に集めて名義変更をなくし、個人間売買を容易にする構想もある。
俺は2020年に「エンターテインメントの真髄」で、エンタメの真髄は、余計な情報を与えず人を思考停止させることだ、と書いた。光本さんの未来予想は、その思考停止が生活全体に広がる、という見立てに読める。作る側にとっては、追い風でもあり、怖さでもある。
おわりには、自己資金を事業に投じ続け、お金は使うほど体験が増えて稼ぐ力が上がる、とあります。目標はメルカリ級の国内5000万人規模、判断基準のひとつは「ぶっ飛んでいるか」。お金の話は、先払い型の金融など規制や与信の問題が大きい分野なので、設計は一例として読むのがいいと思います。
LESSONS明日から使える教訓
- 小さく出して、反応で答え合わせしろ相談より先にモックを作り、触って気持ちよくなければやめる。好評も酷評も当てにせず、市場の反応だけを記録する。会議を10回やるより、モックを1個触るほうが早い。
- 自社の前提を、一個外してみろ入金の前倒しや手間の削減は、それ自体が有料の価値になる。年1回、高額、法人向け、前払いといった前提を外した形を、一度並べてみる。事業づくり的にいうと、商品を変える前に、払い方と待ち時間を変えてみろ、ってことです。
- 確認の手間は、数字で疑え審査や確認の費用と、不正の損害を並べて比べる。申込フォームは項目ごとに「そもそも要るか」を問い直す。パスポート番号や漢字氏名まで削った例を見ると、正直、自分のフォームを見返したくなります。
CONCLUSION俺の結論
結論。失敗するな、じゃない。失敗をサンプルに変えられる大きさで、先に出せ。
明日やることは一つでいい。温めている企画を、人に相談する前にモックにする。触って気持ちよくなければ捨てる。気持ちよければ、小さく出して反応を見る。反応がなかったら、それも1件のデータとして残す。
結果は、出してみるまで誰にも分からない。分からないから実験する。この本は、その順番を、桁違いの金額と自分の失敗で見せてくれる一冊です。
FOR YOUこんな人におすすめ
- 新規事業や起業のアイデアを、会議より先に試してみたい人
- サービスの申込フォームや見せ方を、根っこから見直したい人
- 起業家の半生と、失敗の扱い方を物語として読みたい人
合わないかもしれない人:体系立ったフレームワークや、再現性の検証を求める人。この本は、著者の実体験をもとにした語りが中心です。
FAQよくある質問
『実験思考』は何が書いてある本ですか?
STORES.jpやCASHを作った光本勇介さんが、事業はすべて実験だという考えを、自身の経験とこれからやりたい実験を通して語る本です。
「実験思考」とは何ですか?
仮説を立てて小さく公開し、市場の反応で答え合わせをする考え方です。好評も酷評も当てにせず、市場の反応だけを信じ、失敗も次の選択肢にします。
「価格自由」とは何ですか?
印刷原価の390円だけを払い(電子版は0円)、本代は読後に読者がサイトで決める試みです。集まった額の半分を、挑戦者に100万円ずつ配るとされています。
CASHとはどんなサービスですか?
品物をスマホで撮ると、査定額がすぐ入金される仕組みです。2017年に公開され、数時間で3.6億円が出ていき、当日深夜に停止しました。その後、70億円で合意してDMMの完全子会社になったと書かれています。
性善説の設計とは、具体的にどういうことですか?
不正を前提にした確認のコストを削る設計です。悪い人が100人に5人なら、疑わないほうが得かもしれない、という計算に基づき、CASHでは写真を精査せず、上限2万円で損失を抑えていました。
市場の選び方は、どう書かれていますか?
消費者とのズレが限界に達しそうな業界、十分な市場規模、半歩先のタイミングを掛け合わせて選びます。最初のカーシェア事業は「10年早かった」と振り返られています。
この本の実践的な学びは何ですか?
新事業は小さく出して反応を記録する、自社の前提を外してみる、申込フォームの項目を「そもそも要るか」で見直す、の3点が挙げられます。
この本の批判や注意点はありますか?
数字や出来事は著者の自己申告で、体系的なフレームワークではなく体験にもとづく語りです。先払い型の金融サービスは法規制や与信の問題が大きい分野なので、設計は一例として読む必要があります。
「ぶっ飛んでいるか」という判断基準とは?
おわりにで示される、今後の事業の判断基準のひとつです。がん検査の無料化や、車の名義をなくす構想など、第3章の大胆な案の根にある考え方です。
この本はいつ出ましたか?
幻冬舎のNewsPicks Bookとして、2019年4月に発行されています。
MONOGENIC伊丹谷のブログから
- 連載:Think out the box vol.4 “ゼロイチ”失敗がトライ&エラーになるように失敗する。1億円をサンプルと呼ぶ本書と同じ考え方
- 僕のLIMITS②「失敗が、意味に変わる構造」違いを生むのは、失敗したあとに何を選んだか。止まったCASHの扱い方とつながる
- エンターテインメントの真髄エンタメは人を思考停止させる技術。第3章の思考停止の未来予想と重なる
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