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『ユニクロ』のイメージイラスト(実際の表紙ではありません)

ユニクロは魔法じゃない。失敗を一個ずつ足していった結果だ。

イラストはイメージです(実際の表紙とは異なります)

ビジネス・仕事術

ユニクロ

杉本貴司 ・ Kindle版

ビジネスユニクロ経営評伝
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ひとことで言うと日経新聞編集委員・杉本貴司さんによる、柳井正さんとユニクロの評伝です(2024年4月刊)。山口県宇部の寂れた商店街の紳士服店が、世界一を争う企業になるまでを、魔法ではなく失敗を重ねた「足し算」の物語として、ブラック企業批判などの負の面も含めて描きます。

INTROどんな本か

さてさて、山口県宇部市の商店街を思い浮かべてください。1970年代に約130店あった店が、2010年以降はシャッター街になった。

その街の紳士服店が、なぜZARAやH&Mと世界一を争う企業になれたのか。これが本書の問いです。プロローグは、日本茶店の店主が描いた手描きの地図から始まる。

著者は日本経済新聞編集委員の杉本貴司さん。日経BP・日本経済新聞出版から2024年4月に出た、柳井正さんとユニクロの評伝です。

見立てはこうだ。ユニクロの成功は、魔法でも掛け算でもない。失敗を重ねながらの「足し算」だ。しかも高度成長期じゃなく、「失われた30年」の最中に、地方の零細な家業から出発した「希望」の物語として書かれている。

柳井さんの若い頃が、まず意外です。目立たず無口で、大学ではマージャンとパチンコの無気力学生、あだ名は「寝太郎」。ジャスコは9カ月で辞めて、家業に戻ったあとの約10年は社員が去っていく暗黒時代。いや、世界一への序章がこれかい。笑

でもその暗黒時代に、自己分析、手順の文章化(マニュアルの原点)、売れ筋の記録(見える化)、読書という地味な習慣が積み上がって、後の飛躍の土台になる。

その後も挫折だらけです。2号店の大失敗、ロンドンの21店から5店への縮小、「ユニバレ」での約2割の減収、玉塚元一さんの更迭。そのたびに「ユニクロとは何か」を問い直す。これが本書の背骨です。

俺は2021年の「ゼロイチ」の回で、新しいことは失敗からしか生まれない、ただし失敗がトライ&エラーになるように失敗しろ、と話した。この本は、それを40年分の実例で見せてくれる。

かといって、美談だけの本じゃない。ブラック企業批判、名ばかり店長、サービス残業、委託工場の長時間労働、新疆綿。負の面も正面から書いてある。2017年の物流崩壊のように、システムを入れた側の失敗まで書いてあるのが、評伝として信用できるところです。

ユニクロに詳しい人にも、これから商売を始める人にも。物語として読める、分厚い一冊です。

CHAPTERS章ごとの中身

プロローグ・第1章シャッター街の紳士服店と「寝太郎」

「シャッター街の紳士服店と「寝太郎」」のイメージイラスト

プロローグは、著者が年末に宇部市の銀天街を訪ねる場面です。日本茶店の店主が手描きの地図で街の盛衰を記録していて、1970年代は約130店、90年代後半から衰退して、2010年以降はシャッター街に。小郡商事の跡地は今は駐車場。著者の答えは「希望」。日本企業の99%以上は無名の中小企業で、その一つから出発した物語だから、と。

第1章は、柳井さんの意外な若い頃。父・等は、1960年に中学を出たばかりの浦利治をスカウトして住み込みで働かせた人で、口癖は、仕入れ値で利益が決まる、1円を大切に、信用を少しずつ積む。内気で吃音もあった正さんは、跡取りとして厳しく当たられ、父とは口をきかなくなった。

1967年に上京すると、学生運動には冷ややかで、昼過ぎまで寝てジャズ喫茶やパチンコに通い、下宿の大家に「寝太郎」と呼ばれる。同郷の山本善久の記憶では、口癖は「それに何の意味があるのか」。1968年には約200万円で世界一周に出て、スペインのグラナダ駅で、のちの妻・照代さんと出会います。

「それに何の意味があるのか」。無気力学生のこの口癖が、のちの「ユニクロとは何か」という問いの原型に見える。手段より先に目的を問う癖は、だいたい最初からその人の中にあるんだと思う。

1971年5月にジャスコへ入社するけど、9カ月で退社。それでも人事部長・小嶋千鶴子の、小売をシステムにする考え方や、店長を核にした人事、社内大学、細かなマニュアルの影響は大きかった、と著者は書きます。

第2章結果の出ない10年に、自己分析と記録を積む

「結果の出ない10年に、自己分析と記録を積む」のイメージイラスト

1972年、23歳で宇部に戻ると、家業は年商約1億円の2店だけ。店を回していたのは、いとこの千田秀穂と浦利治でした。ジャスコで学んだ売り場の非効率を細かく指摘して衝突し、賞与査定をめぐって千田が辞め、古参も次々に辞めて、残ったのは浦だけ。柳井さんは、経営者に向かないと深く落ち込む。

そこで始めたのが、自己分析を紙に書き出すこと。長所(正義感、自分を客観視できる)と短所(言い方がきつい)を書き出して、どうにもならない悩みは捨て、考えればできることに集中する。仕事の手順を文章にし(マニュアルの原点)、毎日の売れ筋を記録した(見える化)。これが後のPOS導入や、孫正義さんとの縁につながります。

25歳で父から通帳と印鑑を渡され、「失敗するなら自分が生きているうちに」と言われる。紳士服は高単価だが回転が遅く、VANは仕入れ値が売価の65%で現金払い、セールで利益が消える。自宅まで担保に入っていた。それでもチラシ(「客へのラブレター」)や、問屋・メーカー営業からの情報集めを重ねた。著者は、この結果の出ない約10年こそ柳井さんのすごさの核心だと見ます。

本も読んだ。松下幸之助、本田宗一郎、ドラッカー、ジェニーン。そしてマクドナルドのレイ・クロックから、小売りはシステムだと気づく。米国の大学生協の、店員が話しかけないセルフ売り場から、誰でも自由に服を選べる倉庫、という構想に至る。

派手な飛躍の前に、地味な記録の10年がある。俺はこの章が、本書でいちばん好きです。

第3〜4章2号店の失敗、SPA、逆算思考で上場へ

「2号店の失敗、SPA、逆算思考で上場へ」のイメージイラスト

1984年6月2日、広島・袋町の裏通りに、ユニーク・クロージング・ウエアハウスの1号店が開く。倉庫風の内装で、最初から古びた雰囲気にして改装費を省き、在庫3万点のほとんどが1000円か1900円。朝6時開店で客が殺到し、入場制限をかけた。柳井さんは「金の鉱脈をつかんだ」と確信します。

ところが2号店は、映画館の2階で半分を飲食とビリヤードにして大失敗。年間利益約7000万円が飛ぶ赤字で、本人も「おごり」と認める。敗因を立地と見抜き、岡山で街中と郊外を同時に開店すると、郊外が圧勝。失敗を分解して、比べられる形で小さく検証する。実務の手本みたいな場面です。

俺が2026年に「僕のLIMITS②」で書いた、失敗が意味に変わるんじゃない、意味を持つ判断が失敗によって露出する、という話はここに重なる。順序は逆だ。2号店の失敗そのものより、そのあと岡山で何を選んだかが、ユニクロを決めた。

次の転機は1986年の香港。ジョルダーノのポロシャツ(約1500円)に衝撃を受け、工場から直接仕入れて自社でデザインするSPAを知る。1987年には下之園秀志が香港で約1500軒の工場を回り、契約できたのは10軒足らず。ジェニーンの「三行の経営論」(経営は終わりから始める)に出会い、ゴールを世界一に置いて逆算する発想に180度転換します。

第4章は、組織と資金の衝突です。会計士・安本隆晴の指南で、組織図に責任を割り当て、郊外ロードサイド・150坪・年商約3億円の標準店舗で営業利益率10%を設計する。一方、銀行の支店長との確執は激しく、1992年12月10日付のFAXで「全面撤退」まで通告される。著者は銀行側に取材を断られたと明記し、支店長にも理があると両論を示している。1994年7月に広島証券取引所へ上場し、約134億円を調達。1999年2月、東証1部上場の5日後に父が急逝し、柳井さんは挨拶で泣き崩れます。

第5〜6章フリースで飛躍し、ロンドンでつまずく

「フリースで飛躍し、ロンドンでつまずく」のイメージイラスト

第5章は、柳井さんの下に集う若者たちの物語。伊藤忠の澤田貴司は、社長への直訴状に反発して退社し、条件は「店長から」でユニクロへ。慶應ラグビー出身の玉塚元一も加わる。1998年6月のABC改革は、「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」への転換でした。背景には、300店を超えて既存店売上が前年比7%減という大企業病があった。

1998年11月28日の原宿店では、社員・阿部あゆ子の「フリースがいい」の一言から、全館フリースを発案。1900円、1階に7000枚、予算超過の7000万円キャンペーンも、当日は大行列で大成功。売上は2001年8月期に4185億円と、2年で約4倍になる。社員の一言に全館を賭ける。この決め方は、なかなかできない。

ところが、システム、生産、店長育成が追いつかず、会社が内側から壊れていく、と第6章は描きます。ZARAの創業者オルテガとは、出自も体制も対照的だけど、地方の港町発の叩き上げという点は共通。ナイキの「JUST DO IT」を手がけたジョン・ジェイは「消費者の知性を尊重せよ」と説き、15人が服と無関係な話をして最後に「15色1900円」とだけ出すCMで、ブームを決定づけた。

ロンドンは、現地任せのまま「3年で50店」を掲げ、2001年9月に4店同時開業。年末には客足が途絶え、21店を5店に縮小した。本質は、「ユニクロとは何か」という問いを持ち込めなかったことだ、と総括されます。国内でも「ユニバレ」で2002年8月期は約2割減。澤田さんは引責辞任となり、玉塚さんが39歳で社長に就く。

何のためにやるのかを置き忘れた出店は、だいたい手段が目的になる。俺が2021年の「ゼロイチ」の回で話した、手段の目的化の典型例がここにあります。

第7〜8章更迭と、潘寧・佐藤可士和という翻訳者

「更迭と、潘寧・佐藤可士和という翻訳者」のイメージイラスト

第7章は、チェーン運営の限界から始まる。本部の指示でどの店も同じにする方式は、600店規模で硬直化した。マニュアルは最低限の決まりで、病根は中央集権の官僚主義だと柳井さんは見て、1999年2月にスーパースター店長制度(発注・陳列・採用の権限と大きな賞与)を導入。定着には約10年かかった。東レとの提携は2000年4月に一対一で口説いたのが始まりで、のちのヒートテックにつながる。2005年に増収減益となり、柳井さんは玉塚さんを事実上更迭します。会長と社長の線引きがあいまいで、方針で対立した、と書かれる。

第8章の主役は、1987年に19歳で北京から船で神戸へ来た潘寧。上海では、価格を下げて品質も落とし、模倣品との値下げ合戦で客離れ。香港・尖沙咀の店(2005年9月)では、内装も品質も日本と同一、価格は日本より高めにして、日本式接客も持ち込み、3カ月で黒字にした。現地に合わせるんじゃなく、自分たちの型を持ち込む。答えは逆だったわけです。

次に登場するのが、クリエイティブディレクターの佐藤可士和。2006年2月に柳井さんが訪ね、依頼はCMではなく世界戦略。起点はNYソーホーの約4000平方メートルの物件でした。毎週早朝30分の対話は今も続くそうです。約5年かけて言語化した「服の6つの定義」の鍵語は、部品と道具。ロゴは赤白のカタカナへ。

パッケージデザインとブランディングから仕事を始めた俺としては、ロゴの前に「服とは何か」を5年かけて言葉にした、この順番こそ本物だと思う。著者は、ジョン・ジェイ、潘寧、佐藤可士和を、売れる理由を表現した「翻訳者」として並べます。

第9章GU再生と、ブラック企業批判への向き合い

「GU再生と、ブラック企業批判への向き合い」のイメージイラスト

第9章は、負の面を正面から扱う章です。野菜事業SKIPを提案した柚木治は、約2年弱で26億円の赤字を出して撤退。辞表を出すと、柳井さんは「授業料を返して」と応じ、幹部100人超の前で失敗を説明させた(公開処刑)。後にGUで再起用され、990円ジーンズ(2009年3月)は一時ヒットののち失速。3つの教訓(顧客を知り続ける、新しいことほど既存の常識を学ぶ、社内外を味方に)を経て、2011年春夏から反転します。

失敗した人を、失敗したからこそ使う。失敗を処分ではなく授業料として扱う会社にしか、できない人事だと思う。

2010年頃から、労務問題が噴出した。店長中心主義の建前の裏で、本部の細かな指示と月240時間の上限がサービス残業を招き、新卒の3年以内離職率は4〜5割だった、と人事担当の若林隆広が認めている。若林さん自身も、2006年に買収したキャビンの再建で孤立し、心を病んで休職した。

サプライチェーンでは、2015年に香港のNGOが、中国の委託工場の月300時間超の労働を告発する。調べると多くが事実で、約100工場を調べ、ミシンの折れ針の記録との突き合わせで二重帳簿を見つけた。工場名を公開し、2018年にホットラインを設ける。2021年の新疆綿は、直接取引が生地工場までで、綿花畑まで不使用を示すのは「悪魔の証明」と受け止められた。

最後に著者は、村上春樹さんの「壁と卵」を引き、巨大なシステムになったユニクロは本当に卵の側か、と問いかける。重い問いです。答えを出さずに読者の前に置いていく。その判断は正しいと思う。

第10〜11章北米の再建と、情報製造小売業への進化

「北米の再建と、情報製造小売業への進化」のイメージイラスト

第10章の主役は、普通の社員たちです。日下正信は、ロンドンでH&M風の陳列を真似て失敗したあと、床から天井まで同色を積む「圧倒的な陳列」に回帰して、2007年11月の旗艦店を立て直した。NYでは「日本のスパイ」扱いされながら、一人ずつ話を聞き、空調修理や掃除機の購入といった行動で信頼を得る。2011年10月に5番街店と34丁目店を同時開業。5番街は家賃年1500万ドルの10年契約でした。

2020年6月、塚越大介は北米立て直しを命じられる。米国は約50店で15年赤字。値引き癖で安物と見られる悪循環と、自走する経営チームの不在が根本原因と見た。まず止血で、不採算7店を12カ月の期限で閉め、自ら開いた34丁目店も2021年1月末に閉鎖。2022年8月期に米国事業は初の黒字になる。自分で開けた店を、自分で閉める。経営の判断で、たぶんいちばん重いやつです。

第11章の核は、情報製造小売業。作った物を売るのではなく、売れる物を作る。需要をリアルタイムでつかみ、必要な分だけ作れば、ムダ・環境負荷・売り逃しが減る。柳井さんは、1998年のABC改革と本質は同じで、道具がデジタルに変わっただけだと言う。ただし2017年2月に全面稼働した有明は、サイト在庫と実在庫が合わず、同年11月の感謝祭にはネット販売が丸一日停止した。急ぎの目標と丸投げが原因とされる。柳井さんは自社を「30点」と評し、システムを作り直します。

エピローグでは、愛読書『The Last Whole Earth Catalog』の話から、1971年に無気力な若者だった柳井さんの、点が線になる物語として本を閉じる。寝太郎の口癖が、半世紀かけて世界一を争う会社の問いになった。点は、あとからしかつながらない。2024年4月刊の評伝なので、数字はその時点のものとして読んでください。

LESSONS明日から使える教訓

  1. 悩みは「無理なこと」と「できること」に分けろ後者に集中する。手順を文章にして、日々の売れ行きを記録して見える化する。事業づくり的にいうと、飛躍の前にまず記録を取れ、ということです。
  2. ゴールから逆算して、中間目標を置く長期目標を先に決めて、中間目標と工程表を逆算する。出店や投資は、売上100あたりの原価・経費・利益で設計して、実績と突き合わせる。ただし、数字から逆算して人員や物流を先に膨らませると、需要が伴わない時の傷が深い。逆算は、手応えとセットで。
  3. 失敗は分解して、小さく比べる街中と郊外に同時出店したように、比べられる形で小さく検証する。新規施策は、失敗した時に何を学ぶかを先に決めておく。俺は、ここが本書でいちばん持ち帰りやすい学びだと思う。

CONCLUSION俺の結論

結論。今日から、売れたもの、売れなかったものを毎日書き残す。地味でいい。柳井さんの10年も、そこから始まっている。

次に何か新しいことをやるときは、比べられる形で小さく二つ試す。失敗したら、何がダメだったかを分解して、次の一手を選ぶ。失敗の大きさより、そのあとの選択のほうが、ずっと長く残る。

そして、ときどき自分に聞く。「それに何の意味があるのか」。寝太郎の口癖は、たぶん、どんな商売にも効く問いです。

NEWS関連ニュース

この本のテーマについて、最近話題になったニュースです。

FASHIONSNAP ・

ファーストリテイリング26年8月期、売上高4兆円目前 欧米ユニクロ急成長で5期連続過去最高

ファーストリテイリングの2026年8月期は、売上収益が3兆9633億円(前期比16.6%増)、事業利益が7184億円(30.4%増)、純利益が5425億円(25.3%増)でした。海外ユニクロは全地域で2桁の増収増益で、北米と欧州の売上は、グレーターチャイナや韓国・東南アジアなどを初めて上回っています。2027年8月期は売上収益4兆4500億円を見込みます。

この本とのつながり:本書が描いた北米の再建と海外展開の延長にある決算です。ロンドンやNYで苦戦した欧米が、売上の中心になったことが分かります。

KAB ONLINE(熊本朝日放送) ・

ファストリ好決算 世界2位へ スウェーデンH&M上回る見通し

ファーストリテイリングの決算を伝える報道で、売上は約3.96兆円(前年比16.6%増)、純利益は約5400億円で6年連続の過去最高でした。今期の売上は約4.45兆円を見込み、スウェーデンのH&Mを上回って世界2位になる見通しと報じられています。北米と欧州のユニクロの売上が、中国や東南アジアを初めて上回った点も伝えられました。

この本とのつながり:プロローグが問う、宇部の紳士服店がZARAやH&Mと世界一を争う企業になれた理由の、現在地を示すニュースです。

FOR YOUこんな人におすすめ

合わないかもしれない人:成功法則の手引きを求める人。これは評伝で、成功を魔法にせず、失敗や批判も含めて描いています。

FAQよくある質問

『ユニクロ』(杉本貴司)はどんな本ですか?

日経新聞編集委員の杉本貴司さんによる、柳井正さんとユニクロの評伝です。山口県宇部の紳士服店が、世界一を争う企業になるまでを描いています。

この本の見立ては?

ユニクロの成功は魔法や掛け算ではなく、失敗を重ねながらの「足し算」だ、というものです。「失われた30年」の最中の「希望」の物語として書かれています。

いつ出た本ですか?

日経BP・日本経済新聞出版から、2024年4月に出ています。

SPAとは何ですか?

工場から直接仕入れて、自社で企画する形のことです。1986年に柳井さんが香港でジョルダーノのポロシャツに衝撃を受け、この形へ転換したと本書は描いています。

ABC改革とは何ですか?

1998年の改革で、「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」へ転換するものです。のちの「情報製造小売業」も本質は同じだ、と柳井さんは語っています。

ロンドン進出はなぜ失敗したのですか?

21店を5店に縮小する失敗でした。本書は、「ユニクロとは何か」という問いを現地に持ち込めなかったことが原因だと見ています。

海外で成功した鍵は何ですか?

現地に迎合せず、自社の型を徹底したことです。ユニクロとは何かを言語化して売り場で体現する「翻訳者」として、ジョン・ジェイ、潘寧、佐藤可士和が挙げられています。

ブラック企業批判についても書かれていますか?

はい。名ばかり店長、サービス残業、委託工場の労働環境、新疆綿などへの批判に向き合う過程が描かれています。工場の二重帳簿を見つけ、工場名を公開した経緯も出てきます。

経営者でなくても読む価値はありますか?

あります。悩みの分け方、手順の文章化、売れ行きの記録、失敗を分解して小さく検証する方法は、小さな商売や新規事業にも使えます。ただし評伝なので、手引き書ではありません。

MONOGENIC伊丹谷のブログから

ご注意:2024年4月の本です。数字や事情は、その時点の記述として読んでください。人名や融資額の内訳など、一部の細かな表記は、書籍でご確認ください。

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