INTROどんな本か
人生相談の本って、普通は答えを買うものですよね。でもこの本、答えはだいたい後回しです。笑
作家の中島らもさんが、新聞の人生相談欄に書いた回答から選んだ文庫の2冊目。副題は「ニッポンの常識篇」。まえがきも章立てもなく、読者の相談と回答が1編ずつ、全70編並んでいるだけの本です。
届く相談がまた、ゆるい。サケの切り身の「北まくら」とは何か。うどんのアタマはどっちか。渋滞の先頭はどうなってるのか。かと思えば、毎朝シコを踏む階上のおばさん、奇声を出す母、潔癖すぎる夫。いや、それ新聞に送る?という悩みが、真顔で届く。
らもさんの答え方には型があります。ホラか脱線で入って、雑学やまじめな考察を挟んで、力の抜けたオチで終わる。調べるところは本気で調べる。そのうえで、ずらす。
この本の芯は、そこです。まじめな部分があるから、ふざけた部分が効く。順番が逆だったら、ただの悪ふざけで終わってる。そして、相談者を否定しない。悩みを「笑えるもの」か「仲間がいるもの」に置き換えて返す。
俺が「正解が早すぎる社会構造」で書いた話の、ちょうど裏返しだと思う。整理がつく前に正解が流れ込むと、人は守りに入る。らもさんは正解を急がない。先に笑わせて、悩みを笑える距離まで外に出してしまう。正解を最後まで出さない回すらある。
2020年のブログで、LIMITSのお題はマクガフィン、つまり物語を動かすための入れ物だと書いた。どんなお題が来ても、自分の描きたい物語に持ち込む人がいちばん強い、と。らもさんはまさにそのタイプで、北まくらでも社会の窓でも、全部を自分の芸に持ち込む。
だからこの本が効くのは、悩みの解決策を探している人より、しんどい本の合間に肩の力を抜きたい人。それと、人の相談につい正論で即答してしまう人。俺は相手に正論をぶつけがちな側の人間なので、正直、耳が痛い。
1編は短くて、どこから開いても置いていかれない。寝る前に1編だけ。それくらいの付き合い方がちょうどいい本です。
CHAPTERS章ごとの中身
構成相談と回答が1編ずつ、全70編

骨組みはめちゃくちゃシンプルです。太字の相談文があって、末尾に地名・ペンネーム・年齢。その下に、らもさんの回答。これで1編、全部で70編。まえがきも章立ても、あとがきも解説もない。最後のコラムが終わったら、そのまま奥付です。潔い。
紙面の人生相談欄を綴じたような手触りがそのまま残っていて、「その1」を読んでいなくても、どのページから開いても成立します。
奥付によれば、電子版は2007年3月16日発行、底本は集英社文庫の2005年12月10日(第3刷)。回答の中で朝日新聞に触れる箇所があるので、同紙の連載だったことがうかがえます。
手描きの図が入る回もある。のりの缶の寸法、車3台の配置、緊急車両の交差点。ばかばかしい話を理詰めに見せるために、図まで描く。この時点で、手間のかけ方が普通じゃない。
素朴な疑問北まくらもうどんも、まず本気で調べる

いちばん数が多いのは素朴な疑問です。サケの切り身の「北まくら」、スパゲティの音、丸いのりの缶、北海道の「道」、たい焼きの頭、うどんのアタマ、渋滞の先頭。誰でも一回は思うけど、わざわざ調べるほどでもない、あの手のやつ。
らもさんは、ここで手を抜かない。魚の盛り付けの作法を江戸の魚河岸までたどる。顔色の話は、印刷インキの三原色で説明する(元印刷屋の経験です)。うどんとスパゲティはどちらも中国が起源で、フォークが広まるのは16世紀以降、という食文化史で攻める。のりの缶は、枚数を缶の面積で計算してしまう。市役所の下水担当に電話で確かめる、取材型の回まである。
文献と人物もよく出てきます。漢和大字典、藤本義一の脚本の逸話、荒俣宏『奇っ怪紳士録』。北海道の回では、探検家・松浦武四郎の一代記を紹介する。1844年に蝦夷地を探検し、明治2年に開拓判官として地名を決め、翌年には辞めた人です。
雑学の密度だけで、もう読み物として成立してる。ここがあるから、後のずらしが効くんですよ。俺はこの「先に本気で調べる」部分を、いちばん信用しています。
ずらしの型答えのずらし方は4種類ある

ずらしには、ちゃんと型があります。ひとつめは、仮説一本で全部を説明しきる推理。演歌の主人公を、ある地味な家業の跡取りと決めつけて、旅も港町も、その商売で説明しきってしまう。
ふたつめは、核心に答えず別の話へ移るやり方。「コンダーラ」と思い込んでいた娘の回は、正解を示さず「覚え違いの恥」論に進む。たい焼きは食べ方を言わないまま、ハニワや精進料理のもどき、懐石のタイの目玉といった、象徴化の文化論で終わる。
みっつめは、最後に投げ出して読者に振る型。うどんは「汁ものになる」と結論を放棄します。「社会の窓」は調べても由来が分からず、読者に教えを請う。よっつめは、豆知識を積み上げた最後に、とぼけた一行の蛇足を足す型です。
いや答えろよ、と思う。笑 でもこれ、水平思考の実演なんですよ。質問の前提をいったん受け入れて、歴史や言語や生物学、自分の職歴といった別の軸に話を移しかえる。はぐらかしても、雑学の量で読者を納得させてしまう。
2020年に「答えはひとつじゃない」で、答えはたくさんあると思って考えることの大切さを書いた。らもさんは相談のたびに、それを一本ずつやって見せてくれる。
困った相手迷惑な相手は、分類して名前をつける

毎朝シコを踏む階上のおばさん、すれ違いざまに暴言を吐く人、奇声を出す母、アリのフンを気にする夫、顔を動かして歯をみがく夫。他人の行動に困っている、傷つけられた、という相談に、らもさんは相手を分類して名前をつけます。
暴言を吐く人は2つの型に分けて、片方に冗談めいた最低人間の型名をつける。人の傷つけ方を二通りに整理して、セリーヌがサルトルを罵った例を添える。「人生」という言葉でごまかす話法には、プロレス技みたいに、かわし技・返し技と名前をつける。突然の奇声は、早口言葉の竹垣の話を「ただ言いたかっただけ」と読み替える「竹垣理論」で説明する。
解決策は、真顔で一段ずれた提案です。四股を踏むおばさんはストレス発散だと見立てて、相撲の流れのまま自分も発散しろと勧める。潔癖な夫には虫メガネを渡して選別させろ、潔癖な人はまとめてインドへ送れ、と続く。
名前がつくと、相手は「得体の知れない怖い誰か」から「よくいるタイプ」に変わる。悩みを笑える距離まで外に出す技です。ただし、容姿への暴言みたいに相手が本当に悪いときは、相談者の側に立ってはっきり非難する。笑わせながらも、線は引く。俺はここに、この人の品の良さを感じます。
歯みがきの回は「コペルニクス的転回」を大まじめに論じて、手首を痛めたときにギターの弾き方を逆にした経験を出し、視点の転換は結果が同じかよくなるときだけにしろ、と穏当に締める。この基準、地味に仕事でも使えます。
癖と性分癖は直さず、自分も同類だと白状する

人をかつぐ嘘つき癖、見た数字をすべて計算してしまう癖、花時計を見るたびにインチキだと怒る性分。こういう相談に、らもさんは「治せ」と言いません。
自分も同類だと白状するか、歴史で癖を正当化する。新聞記者に作り話をした話、カラーテレビや水晶をめぐる子ども時代の勘違い。計算癖には数霊の話を持ち出して、十進法は指の数から来ているんだから、ぼけ防止になる、と返す。
「クサイ」セリフに浸ってしまう相談は、文献で修業し、必ずオチを用意せよ、という技術指導に化ける。北方謙三が実際に言ったセリフや、知人が夜の港で失敗した例が並ぶ。洋式便器にしゃがむ体質の回では、前半の「起源説」がでっちあげだったと、途中で自分から白状する。嘘を自分でばらすのも芸のうち。
抜けたところがあるから、人に好かれる。この人間観がいちばん素直に出ているのが、コンダーラの回です。弱点を直せ直せと言われ続けてきた人には、ちょっとした救いになると思う。
暮らしの癖マナーの相談は叱らず、作り話で返す

切手をなめるのは汚いか、パスタのスプーンはどう扱うか、外出先のトイレでゆっくりするには。暮らしの癖やマナーの相談でも、らもさんは相談者を叱らない。自分の子ども時代や会社員時代の思い出に引きつけて、まず共感する。そこから、ずらす。
よく使う手が、作り話を本当の話みたいに語って、あとで「作りました」と白状するやつ。切手の回では家電の中に人がいたという大ボラ、パスタの回には存在しない店が出てくる。スプーンを仕事中毒の人間に見立てて、物に人格を与える回もあります。
トイレの回は、待つ側の心理を細かく描いたうえで、相談者よりもっと悪い策を思いついて、自分で面白がる。速読法や記憶術の回では、忍術・速記・催眠術の独学に挫折した自分の失敗をさらして、「挫折してよかった」と肯定にひっくり返す。
「顔が営業向きでない」という相談には、営業マン時代に見てきた個性的な先輩たちを紹介して、決まった顔なんかない、と結論づける。営業は見た目より、自分なりの型をつくれるかで決まる、という話です。材料の多くが自分の経験(印刷屋、10年以上の営業、広告の仕事、ラジオコントの台本書き)だから、どのホラにも妙な手触りがあるんですよね。
迷信と損得迷信は肯定、10円の差額は国家の問題

焼いたじゃがいもに味噌を付けて食べると死ぬ。大の字で寝る力士は弱い。普通なら「根拠はありません」の一行で終わる題材です。らもさんは否定しない。全力で肯定する側に回る。
人はいずれ誰でも死ぬ、という当たり前を逆手に取って「正しい」と言い張る。反響の電話が殺到すると、次の回でも同じ主張を重ねる。2本続けて同じネタを引っぱるのは、連載ならではの遊び方です。信じる人を笑いものにせず、一緒に面白がる側に立つから、読後感が重くならない。
お金の相談になると、振れ幅がさらに大きくなる。卵うどんと卵入りかけの差額がおかしい、という回では、小さな理不尽を見逃すと戦争や差別につながる、と国家レベルまで膨らませる。そこから、立ち食いそば屋2軒の10円差、天かす入れ放題をやめた店の「健康のため」という張り紙、名店のせいろの盛りと値段の食い違い、と身近な実例に急降下。最後は差額を算数の式に見立てて締める。
天井裏に未使用のクラッカー150発が残っている、という処分の相談には、再利用法をまじめに並べる。ただし中身はオナラのごまかしみたいな下ネタ寄り。文明論と下ネタを同じ皿に載せる。この人らしい芸ですな。
カンガルーよけは何のため、という夫の車の回では、トレンチコートの肩ベルトやダブルのスーツ、ネクタイの由来を挙げて、役に立たない飾りにも「気分」という価値が残る、と説く。デザインを本業にしてきた俺としては、ここはいちばん深く頷くところです。
後半37本続編も反響編も訂正も、そのまま載せる

後半には、連載ならではの回が混ざります。「社会の窓」の続編は、読者から届いた珍説を順に紹介して、年配の元アナウンサーの情報で、昔のラジオ番組名という本命の説にたどり着く。読者と一緒に調べる形です。
後頭部が出っぱった「うしろデコ」の悩みには反響編があって、頭の後ろが平らな読者の声と、子どもの前向きな発想をまとめて紹介する。宝くじで豹変する性格の悩みは、似た悩みをまとめた回になる。短所を長所に数え直して、「仲間がいる」と示す回です。
前に書いた蕎麦の解説が、ある辞典で誤用の例として引かれていた、と打ち明けて謝る回もある。編集部が著者の勘違いを注で指摘した回(富士山頂の気温表示)も、そのまま載っています。
緊急車両の優先順位の回は、架空の町に事件をいくつも起こして交差点で鉢合わせさせ、図まで描いて独自のルールを導き、最後に怪獣を出してひっくり返す。「全員零点」で赤点制はなくなるか、という相談には短い小説で答えて、人間関係の現実を物語のどんでん返しで教える。
知らないことは知ったかぶりしない。間違えたら公開して謝る。ふざけた文章なのに信頼できるのは、たぶんここです。笑いは、だいたい正直さの上にしか乗らない。
LESSONS明日から使える教訓
- 視点を変えるのは、結果が同じかよくなるときだけ歯みがきの回に出てくる基準です。業務改善もツールの入れ替えも、やり方を変えて悪くなるなら変えない。事業づくり的にいうと、その改善は改悪かもしれない、と一回疑えってことです。
- 理不尽な相手は、型に分けて名前をつけろ名前がつくと、感情的に巻き込まれにくくなる。ただし、本当に相手が悪いときは、はっきり線を引く。俺的には、この両方をやれるところがいちばん真似しにくい。
- 分からないときは、分からないと言え答えられない質問は正直に受け手に投げ返すと、関係はかえって深まる。自分の失敗談や誤りを先に出すと、相手は構えずに聞いてくれる。値上げに「健康のため」みたいな後付けの理由をつけると見透かされる、という回も根っこは同じ。これは、どの仕事でも効きます。
CONCLUSION俺の結論
結論。誰かに悩みを相談されたら、正解を出す前に、一回脱線してみればいい。
悩みを笑える距離まで外に出す。困った相手には名前をつける。分からないことは分からないと言う。間違えたら、ちゃんと謝る。らもさんがこの70編でやっているのは、突き詰めるとそれだけです。
正解は、急がなくても逃げない。先に要るのは、肩の力が抜ける時間の方です。答えを出すのが仕事の人ほど、この順番を忘れがちになる。今日しんどかった人は、寝る前に1編だけ開いてみてください。
FOR YOUこんな人におすすめ
- しんどい本の合間に、肩の力が抜ける読み物がほしい人
- 雑学と脱線とオチが効いたエッセイが好きな人
- 人の相談に、つい正論で即答してしまう人
- 失礼な相手やクレームとの距離の取り方に、ヒントがほしい人
合わないかもしれない人:悩みへの的確な解決策がほしい人。答えよりも脱線が主役の本なので、そこを楽しめないとしんどいと思います。
FAQよくある質問
『明るい悩み相談室 その2』はどんな本ですか?
中島らもさんが新聞の人生相談欄に書いた回答から選んだ文庫の2冊目で、副題は「ニッポンの常識篇」です。読者の相談と回答が1編ずつ、全70編続きます。
その1を読んでいなくても読めますか?
読めます。まえがきも章立てもなく、相談と回答が1編ずつ独立しているので、この巻から読んでも問題ありません。
どんな相談が載っていますか?
素朴な「なぜ?」「どっち?」の疑問がいちばん多く、他人の行動への困りごと、自分の癖、迷信、損得の悩みが続きます。
回答の基本的な型は?
ホラか脱線で入り、雑学やまじめな考察を挟んで、力の抜けたオチで終わる形です。まじめな部分があるから、ふざけた部分が効いています。
人生相談として役に立ちますか?
的確な解決策を得るための本ではありません。悩みを否定せず、笑える距離まで外に出す読み物で、答えよりも脱線の面白さが主役です。
困った相手には、どう対処すると書かれていますか?
相手を「◯◯型」「◯◯理論」のように分類して名前をつけ、笑える距離に置きます。ただし容姿への暴言のように相手が本当に悪いときは、相談者の側に立ってはっきり非難しています。
癖や性分の悩みには、どう答えていますか?
治せとは言わず、自分も同類だと白状する、歴史で癖を正当化する、短所を長所に数え直す、といった形で肯定します。
著者の誤りを正す回もあるのですか?
あります。前に書いた蕎麦の解説の誤りを謝る回や、編集部が著者の勘違いを注で指摘した回(富士山頂の気温表示)が、そのまま載っています。
あとがきや解説はありますか?
ありません。最後のコラムから、そのまま奥付に移ります。
どんな人に向いていますか?
雑学と脱線の効いたエッセイが好きな人、重い本の合間に肩の力を抜きたい人、失礼な相手との距離の取り方のヒントがほしい人に向いています。
MONOGENIC伊丹谷のブログから
- 正解が早すぎる社会構造正解が先に届くと、人は守りに入る。正解を急がないこの相談欄は、その裏返し
- プロット・デバイス マクガフィンとはリミッツにおけるテーマであるお題は入れ物で、大事なのは物語。どんな相談も自分の芸に持ち込むらもさんと同じ構造
- 答えはひとつじゃない答えはたくさんあると思って考える。ずらしの4つの型は、その実演
本文は書き写さず、自分の言葉で紹介しています。内容に誤りがあれば、本でご確認ください。 当ページのリンクはAmazonアソシエイト(広告)です。詳しくは広告について。






